“寝食を共にした生活”
初代徳治郎が明治時代、この梅屋学区の地に染工房を構えた頃は<梅屋小学校所蔵文書>によりますと、その当時学区内の戸数は七百八十戸、営業別で刺繍、張物、上絵師、下絵、彩色、糊置、練物、糸物、染物、落し物類、凡六分と、書かれています。友禅染、着物に携わる人が学区内の六割に達していたのです。
第二次世界大戦後六十一年が過ぎた今、あらゆる分野で日本人としての生き方が大きく問われ変わって来た今、友禅染を祖業として来た当工房では昔ながらの寝食を共にした生活の中で手描友禅染の主なる工程の図案、下絵、糊置、挿友禅、印金、の一流の友禅師について技術の修得に励み、人間として・日本人としての自覚と誇りをもった心豊かな人を次代の後継者として育成して行きたいと念じています。
株式会社 高橋徳 代表取締役 高 橋 孝 次