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ー京都歳時記ー (十月・十一月・十二月)
人形塚供養(十月十四日)宝鏡寺(上京区・寺ノ内通堀川東入る)
この一年間にお寺に持ち込まれた人形を供養して焼き、その灰を人形塚におさめて、人形すべてを供養する。(10月15日〜11月10日まで秋の人形展が開催される)
筆 供養(十一月二十三)正覚庵(東福寺塔頭、東山区本町)
江戸後期に築かれた筆塚があり、筆の寺とも呼ばれる。青竹の先を布で覆い墨を含ませた筆神興をおしたて山内を練り歩く、筆の労に感謝して古筆を供養するもの。
針 供養(十二月八日)法輪寺(西京区嵐山虚空蔵山町)
手芸、芸能の守護仏虚空蔵菩薩の前で、全国から寄せられた廃針を供養したあと、大きなこんにゃくに五色の糸をつけた針を刺し、上達を祈願する。2月8日にも行う。
(小学館 発行より)
私達の祖先は自然に従い自然と親しみ、自然を生かした文化を育んで来ました。
身近な衣食住の衣を考えても、私の母の時代(明治41年生)は着物が毎日の生活着でした。着物が汚れていると洗濯をし、反物の状態にして竹の伸子を使って巾を揃える「洗い張り」ということをしていました。
又、よそ行きの上等の手描の友禅染の着物は、自分にとっては派手なものになると子供や孫へと譲って行きました。
何年も何回も縫い直して着ていると裾や他の所も擦り切れて来て着られなくなります。そうなると用途を変えてお布団や座布団に縫い替えをしていました。
このように一枚の絹の着物が形を変えて長く長〜く大切に使われ、自然を大切にした。環境に配慮した、理に適った質素な生活振りでした。こんな生活の中で培われた来た年中行事の「筆供養」「針供養」は昭和の時代にもずうーっと行われて来ました。
平成の今、記録的な9月の猛暑の続く日々、クーラーの冷房で快適な部屋でパソコンや携帯を使って子供や孫の映像を見ながら会話し、母の時代のことに想いを馳せ、感謝と反省の気持ちで一杯になりました。「有難」!!「反省」!!
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| 株式会社 高橋徳 代表取締役 高 橋 孝 次 |
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