来京
●初代、徳治郎(明治8年生まれ)は明治18年10歳で岐阜県、美濃より来京、叔父様にあたる伊藤萬助様(叶鈬`様の型染め友禅業)にお世話になりました。10年余りの奉公の後。明治32年8月、伊藤善太郎様より別家を命ぜられ、独立、手描友禅染業を創業いたしました。

 初代の言によりますと「自分は愚鈍であったのでみんなに負けないように時間はかかったが人の何倍も努力した。時にはあんどんの光りをさえぎるため羽織をかけて、迷惑をかけないようにして深夜遅くまで友禅染の勉強・修行をした」とのことでした。

叶鈬`御店様
●明治41年には現お得意先である室町筋の最大の老舗叶鈬`様とのお取引きをさせていただいた記録があり、その数年前から仕事をさせて頂いていたと思います。


二代目継承  
●昭和4年初代の長男である徳三郎に二代目を継承、友禅染業と悉皆業を併立、初代は後進の指導にあたりました。


贅沢品等製造販売規制
●昭和15年贅沢品等製造販売規制公布(七・七禁令)


第二次世界大戦
●昭和16年12月第二次世界大戦が始り、着物を染められなくなり仕事もなくなり、困窮をきわめました。

手描友禅染掛軸の製作  
●初めて手描友禅染掛軸の製作をしたのは昭和6年に第一作「雪中鷹図」<山元春挙筆>の写しに始まりました。その後も初代は名画の模写(友禅染での復元)を中心に、後進の育成のため、又後世の人たちの参考になるようにと戦争中にもかかわらず敢えて手描友禅染掛軸の製作に意欲を燃やしました。(名画の模写を中心に友禅染の復元に挑戦いたしました。)

●昭和21年戦火の痛手を受けた国土にあって、食料もなく、衣服もままならぬ戦後の貧困の中で、只々御恩奉事のため決意も新たに友禅染掛軸の製作に心血を注ぎました。その結果、現存する合計30幅の掛軸を遺すことができ会社の宝として今日も職人さんたちの中に生き続けています。



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